東南アジアのムスリムから見た日本社会と日本人
取材&構成:徳橋功
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様々な国々から日本に来た人たちのストーリーをご紹介することを通じ、世界中の人たちに日本のみならず世界を理解してほしい – そのような思いで日本語と英語でコンテンツを作り続けてきたMy Eyes Tokyo(MET)から、このイベントのレポートを2018年最後の記事としてお届けしたく思います。
「東南アジア・ムスリム青年との対話事業」報告会
東南アジアの若手ムスリムが見た日本。寛容性のある豊かな社会を実現するためのヒント
「東南アジア・ムスリム青年との対話事業(TAMU/Talk with Muslims series)」は、国際交流基金アジアセンターが2016年に開始した交流事業。東南アジアの若手ムスリムを日本に招き、日本の青年層との交流を通して、東南アジアの文化とイスラムに対する理解を促進することを目的としています。今年(2018年)はブルネイ、カンボジア、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの7か国から計10名が参加し、11月4日から13日にかけて、東京や山口で日本人学生や日本で生活するムスリムと交流やディスカッションを行ったり、島根の出雲大社にて日本の神道について学んだりしました。
そして迎えた報告会。当日は3グループによる報告で、それぞれテーマは「イスラムの視点から見た日本の文化・社会の有り様」「若手ムスリムの目に映った日本の若者像」「訪日を通して日本人と共有できること、日本社会への提案」。その中から私たちが強く感銘を受けた「若手ムスリムの目に映った日本の若者像」についてのプレゼンテーションを中心にご紹介したいと思います。
報告@国際交流基金(新宿区)2018年11月12日
東南アジアのムスリムが見た日本の若者たち
プレゼンター:ムハマド・ファドゥラン・ラッロ・ナスルング氏(インドネシア)
※他シンガポール・タイからの参加者とプレゼンテーション制作
訪日前に私たちが抱いていた日本人のイメージは「神を信じていない」「特定の宗教を持たない」「皆仏教徒」「規律を良く守る」「勤勉」「伝統を重んじる」でした。
私たちはツアー中に明治学院大学、早稲田大学、山口県立大学の3大学で学生たちとディスカッションをしました。その時私たちが思ったのは「日本社会では神道と仏教の習合が行われている」ということです。初めて日本の学生たちと話した時、どうやって神仏習合を理解すれば良いのか分かりませんでした。私自身は宗教を信じているがゆえに、毎日宗教儀式や宗教行事に参加しています。しかし日本人は宗教を信じていないにも関わらず、日々宗教儀式を行っている-これはどういうことなのか?私は混乱しました。
私は明治学院大学で、一人の学生に聞きました。「宗教についてどう思いますか?」
彼は「宗教は日常生活での行事または儀式のようなもの」と言いました。それを聞いて、私は少しだけ彼らの宗教観を理解した気がしました。そしてディスカッションを通じて思いました。
「日本の若者にとって、信仰は必ずしも実践と一致していない」
彼らは宗教行事や儀式に参加するものの、必ずしも特定の宗教を信仰しているわけではありませんでした。それはあたかも、数世紀前のインドネシア社会のようだと思いました。かつて私の国でも、イスラム教徒でありながらも、ヒンズー教や仏教的な儀式や行事を行っていることがありました。ただ一つ異なるのは、実践としてそのような習合があっても、彼らがイスラム教徒であることは揺るがなかったということ。そこが日本人と違うところです。
日本人には“宗教嫌い”が存在すると、このプログラムを通じて感じました。でもそれは、西側社会の宗教嫌いとは違います。日本人のそれは“特定の宗教を自覚的に信仰することを嫌ったり恐れたりする”ということだと思います。西側社会での宗教嫌いは、宗教を恐れたり、宗教から距離を置いたりすることであり、それはイスラム嫌いの風潮にも見られることです。一方で日本の若者の宗教嫌いは“特定の信仰を持ちたくない”ということです。自分は仏教徒であるとか、神道を信じているといったことを認めない、あるいは認めたくないという類の宗教嫌いなのだと思います。
もうひとつ感じたのは「日本は世俗主義の社会である」ということです。宗教と、自分たちが日々実践していることが分離しているということですが、これは若者の間にも広がっていると思います。また日本人の生活様式は、西洋文化の影響を受けているとも感じました。そのため彼らは世俗的、合理的かつ論理的です。特に産業革命以降、多くの若者がアメリカやヨーロッパ諸国で学び、そこから世界観や思想、リベラリズム、論理的思考を日本に持ち帰りました。
山口県立大学の学生さんにも聞きました。「あなたにとって宗教はどのような意味を持ちますか?宗教はあなたにどんな影響を与えていますか?」。しかし実際は、若者たちは宗教から影響を受けていませんでした。
そこで質問を変えてみました。「あなたの日常生活で心掛けていることは何ですか?」。彼女は「お年寄りに敬意を持って接することです」と答えました。私が「どのような価値観からそのような思いを抱くのですか?」と聞くと「日本の文化からです。宗教からではないですね」と答えました。ちなみにある日本人学生は、私の友人に「なぜあなたはヒジャーブをかぶっているのですか?どうして日々の生活の中でこのようなことをするのですか?」と聞きました。友人は「私たちが日々行うことは、すべて宗教の影響を受けているからです」と答えた。つまり日本の若者とイスラム教徒の女性の間で、そのような相違点があることが分かったのです。
日本の若者とディスカッションをした後、このような結論に至りました。
「日本の人たちは他の宗教や文化への好奇心が強い」。
学生たちは私たちにたくさん質問をしました。私たちの宗教や文化をもっと知りたいということで、時間が足りなかったほどです。同時に私たちは、日本の若者が直面している課題についても学びました。インドネシア社会では、子どもたちが14歳~16歳の時期にどのように宗教や文化について考えるべきかを学んだり、その間に両親が子どもたちに、どのように宗教について教えるべきかを学んだりしますが、日本ではあまりそのようなことは考えられないし、宗教自体についてもそれほど考えないということでした。
これから日本にはますます多くの外国人が訪れると思います。その際に考えられるのは、日本の若者が、例えば我々のようなイスラム教徒に出会ったときに、自分たちのアイデンティティをどう考えるのか、ということです。生活のすべてが宗教に基づく私たちと比べた時、自分のアイデンティティについて考え、アイデンティティ・クライシスに陥るかもしれません。
でも私たちは「日本には宗教はある」と思いました。日本の若者たちの心の中に宗教があると思ったのです。日本人は、その精神的な側面を高めていくとなお良いと思います。
異文化との接触や異文化への理解を通して、私たちはお互いのことを理解する必要があります。今回日本の若者たちと接し、他の文化や他の宗教についてよくご存じでないと感じることもありました。日本人が他の、そして自分たちの宗教や文化を知らなければ、外国人が日本を訪れる中で、いろいろな問題が起こると思います。
他のプレゼンテーションについては、要約を以下に記します。上記のプレゼン内容と比べながらご覧いただくことで、興味深い発見や気づきを得ていただけると思います。
イスラムの視点から見た日本の文化・社会の有り様
プレゼンター:モナリザ・アダム・マンゲレン氏(フィリピン)
※他ブルネイ・カンボジア・マレーシアからの参加者とプレゼンテーション制作
私たちが島根県出雲大社を訪れた時、そこで神楽を見ました。出雲大社が文化的および宗教的な場所であることは私たちにも分かりました。神楽は神社で行われますが、観客の中には仏教徒もいました。そのような“神仏習合”があることを理解しました。またそれが日本人のアイデンティティやスピリチュアリティにもつながっていることが分かりました。
東南アジアと日本に共通するものとして、神楽のような“パフォーミング・アーツ”があると思います。例えば沖縄には琉球舞踊があり、それにはガムランの要素が含まれています。また日本人は特定の宗教を信じないものの、神仏習合が日本人のアイデンティティやスピリチュアリティを表していることを学びました。また山口県萩市を訪れた時、ある場所に神道の神社と仏教の寺院の両方がありました。東南アジアのイスラム教も、イスラム教以外の文化を取り入れています。例えばヒンズー教の神話や中国の神話がイスラム教と習合しています。
日本では、人々の高齢者への敬意も感じました。それは私たちイスラム教徒も同じです。また清潔さを大事にするところ、そして神道の“神”が不浄のものを嫌うことは、イスラム教にも通じます。イスラム教も清潔さや純粋さが、人々の習慣の中で実践されています。
隣人を助けるというところも共通しています。2日前、山口県で若い日本人の男性がボランティアとして川を掃除していました。イスラム教でも「あなたが隣人に対して良い行いをしないのならば、あなたは良いイスラム教徒ではない」と言われています。また日本では、公共の場では大きな声で話しません。隣人に対して迷惑をかけないということですね。
また同じく山口県内の萩市にある萩博物館で学んだのは、吉田松陰の「もし自分の社会に問題があれば、それをきちんと公共の場で話せ」という考えでした。それが侍の矜持に反していても、問題があればそれについてきちんと話すということを、萩で学びました。私たちも同じです。独裁的、抑圧的なことに対しては、イスラム教徒として声を上げていかなければならない、とされています。またマスジド大塚での様々な慈善行為についても非常に感銘を受けました。2011年の東日本大震災発生の際、最初に救援物資を集めて被災地に送ったのがマスジド大塚でした。
イスラム教は”平和“と”進展“を世界的に広げていく宗教。日本はイスラム教が広めようとしている価値を具現化している国だと思います。
訪日を通して日本人と共有できること・日本社会への提案
プレゼンター:モハマド・サイフル・ビン・ムハンマド・アヌアル氏(シンガポール)
※他マレーシア・インドネシアの参加者とプレゼンテーション制作
日本には、日本人がイスラムに触れる機会に乏しいことから生じる、イスラムへの理解不足の問題があります。そこで私からの提言を、3つの社会レベルの中でお話ししたいと思います。個人のレベル、コミュニティのレベル、メディアのレベルです。
今回のプログラムを通じ、私たちは様々な日本文化を学びました。出雲大社も訪れましたが、それが日本の神話や神道において最も重要な場所であるということに驚きました。一方で日本人が都内にある東京ジャーミーというモスクを訪問することで、お互いの文化や宗教を学ぶことができます。
次に、コミュニティレベルで考えてみたいと思います。大切なのは、開かれた心を持ったリーダーたちを育てること、そして少数派や多文化共生に向けた活動をサポートすることです。例えば日本でイスラム教徒として子どもを育てるために、ハラールの食べ物を学校に持っていかなくてはならないことがありますが、日本側からも、学校給食でどのようなものを食べているのかという情報を提供することも必要だと思います。
もうひとつ、少数派の人たちのアイデンティティ・クライシス問題については、精神的なサポートが必要だと思います。時々日本にいるムスリムたちは、今にも落ちそうな最後の一葉のような心境になってしまいます。孤立して寂しいと感じているのです。
最後に、メディアを通じた取り組みについて話したいと思います。メディアにとって大事なのは、宗教グループやマイノリティについて正しく伝えることです。偏った見方や、イスラムに対する恐怖などを煽るような報道は良くないと思います。
例えば明治学院大学でイスラム教徒と日本人のボランティア活動の比較を研究している人がいましたが、なぜそのようなテーマを選んだのかを聞いてみると、マスジド大塚の震災への支援活動について知ったからだと言いました。イスラム教徒がボランティア活動をするということは、彼女にとっては大きな驚きでした。彼女はそれ以来、イスラム教徒に対する見方を変えました。
もうひとつメディアができることは、多文化コンテンツを制作して共有するということです。それによって日本の社会で多文化について学んでもらうのが良いのではないでしょうか。
私たちは萩を訪れた時、“長州ファイブ”という人たちのことを教えていただきました。彼らはイギリスに渡り、帰国後に日本の近代化に貢献しました。私は日本人に、ぜひシンガポールに来ていただきたいと思います。独立からわずか50年ほどの国ですが、宗教的に最も多様な社会です。そこで日本の皆さんと文化や宗教を共有したいと思います。ぜひ2020年の東京オリンピックを好機ととらえ、世界中から来る人たちに日本人の姿や文化を見ていただきたいし、日本の皆さんにも外国の文化を学んでほしいと思います。
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日本に旅行および移住する人々が増え、さらにこの先の2年間は、ラグビーワールドカップ、そして最後のプレゼンテーションにあったように、東京オリンピックが控えています。間違いなく世界中からたくさんの人たちがやって来るわけですが、そんな今こそ“寛容性のある豊かな社会”に向けて真剣に取り組んでいく時ではないかと思います。
METも大変微力ながら、日本のみならず世界中で行われる“寛容性のある豊かな社会づくり”に貢献できればと考えております。本年も私たちMETのコンテンツをご愛読いただき誠にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします!
関連リンク
国際交流基金:https://www.jpf.go.jp/
国際交流基金アジアセンター:https://jfac.jp/culture/
ピンバック: イスラム教、なぜ遠く感じるの? ~講演会「日本とイスラームの出会い」レポート~ | My Eyes Tokyo
37様、ご感想を賜り誠にありがとうございます!
My Eyes Tokyo編集長 徳橋
とても面白い内容でした。
私も中東出身の知り合いができ、文化の違いを楽しく理解している最中ですが、もっともっと知りたいと思っています
日本にはイスラム文化の情報が少なすぎると感じています
留学生から見た日本の宗教観、とても参考になりました
イスラム教は”平和“と”進展“を世界的に広げていく宗教。日本はイスラム教が広めようとしている価値を具現化している国だと思います。
というモナリザ・アダム・マンゲレン氏の言葉がとても好きです
ありがとうございました